企業価値高め、採用力も向上
企業にとって「人」は財産だ。従業員の健康を経営的視点で考え、戦略的に取り組む健康経営が広がりつつある。健康経営優良法人認定事務局(日本経済新聞社)が2024年12月5日に東京で開催したセミナーでは、採用力強化や投資市場での評価など多面的に健康経営の有益性を解説。成果を上げている事例の発信を通じて、企業のさらなる成長につながる取り組みの推進を訴えた。
講演:治療と仕事の両立を支援
がんは治療技術の進歩により生存率が向上した。治療しながら働き続けるための両立支援が急務だ。従業員は仕事を辞めなくてよい。企業は治療に使える休暇制度や柔軟な勤務体制などを整備する必要がある。がん以外にも糖尿病など継続治療を要するすべての疾病が両立支援の対象だ。
全国の産業保健総合支援センターでは、専門家による両立支援のサポートをすべて無料で提供している。
東京産業保健総合支援センター 産業保健専門職(保健師)
上田 生子氏
講演:人材採用・定着に効果
今どきの若者は何を基準に就職先を選んでいるのだろうか。当社の調査によれば、近年は特に「安定している」職場を望む傾向が強い。安心して働ける制度や環境が求められている。将来への不安から、給料のよい会社で長く働き続けたいと考える若者が増えているようだ。
子育てに対する意識も高まっている。育児休業は権利であり、男性も取得するのが普通だと考えるようになった。そこに男女の意識差はほとんどない。企業は男性従業員もしっかり育休が取れる環境をつくる必要がある。
将来に対して最も不安に感じていることは「お金」だ。年金や介護などの問題を見据えて、きちんと生活していけるか現実的に考えている。
管理職を目指したくない学生が増えているのも特徴的だ。ミドルマネジメント層が疲弊している姿を見ているためだろう。昇進より自己の成長を望んでいる。
多様な働き方を求める傾向も強い。ワークライフバランスを取りながら、変化するライフステージに合わせてうまく働ける仕組みづくりが求められる。
健康経営が採用に与える影響について考えたい。2024、25年卒の学生と転職経験者、合計900人を対象とした日経リサーチの調査によれば、健康経営の認知度は約5割。内容まで理解しているのは3割強で、若者にも着実に認知が広がっている様子がうかがえる。
企業が従業員を大切に考えていることを示す指標の一つとして、健康経営優良法人の認定を受けていることなどを説明するのは分かりやすいだろう。健康経営に取り組む企業への就業意思は極めて高く、採用のPRポイントとして打ち出す意味は大きい。
健康経営=ホワイト企業というイメージも強い。求職者の約6割が、健康経営に取り組んでいることは就職先を決める上で「最も重要な決め手になる」「重要な決め手の一つになる」と答えている。特に20代の転職者や学生にその傾向が顕著だ。
健康経営は採用に効く。それだけでなく、シニア世代の雇用維持やエンゲージメント向上などにも寄与する。労働力確保が課題になる中、欠かせない取り組みといえる。
マイナビ 社長室キャリアリサーチ統括部 統括部長
栗田 卓也氏
講演:投資家からの評価向上へ
社会へのポジティブな波及効果が期待できる健康経営の実践は、金融機関や投資家からの信用・評価を高めることにつながる取り組みだ。投資先として魅力を感じる投資家も少なくない。
経済産業省と東京証券取引所が共同で選定している「健康経営銘柄」では、経営理念や経営者のコミットメント、組織・体制、制度・施策実行、評価・改善、法令順守・リスクマネジメントが問われる。特にトップ主導での健康推進が重要だ。投資家はデータの管理・活用や従業員満足度調査の実施なども企業価値との関連で重視している。
従業員エンゲージメントも焦点になる。これが高いほど欠勤や品質の低下などが減る一方で、顧客満足度や生産性、収益性、ウェルビーイングは高まるとの調査結果もある。
投資家は未来志向だ。これからどうなるか見極めるために、将来の確からしさに関する情報を求めている。企業価値評価手法の一つである割引キャッシュフロー(DCF)法などで安定的な成長を長期間持続できると投資家が期待できる経営の在り方を示すことがポイントだ。
投資家は経済や金融システム全体に影響をもたらすリスクにも注目するようになっている。
例えば薬剤耐性(AMR)菌は医療・医薬品業界のみならず世界的な公衆衛生上のリスクになり得る。そうした中でAMRを意識した従業員の啓発に取り組んでいるといった情報は、投資家に有益なものになる可能性がある。
今後、女性特有の健康課題や男女の更年期障害について、もっとオープンに話せるようになると健康経営のレベルもさらに高まるのではないか。ウエアラブル端末などを使った健康維持の取り組みやデータを活用した高度医療への貢献、在宅勤務など働き方に応じた健康問題への対応も重要なテーマになる。
健康関連サービスを手がける企業も増えている。社内の取り組みを事業化して他社に提供している例もある。健康経営を起点とした企業価値創造といえる。
まだ健康経営に取り組んでいない企業は、できることから始めてほしい。事業と絡めて進めることで、可能性が広がるのではないか。
エミネントグループ 代表取締役社長CEO
小野塚 惠美氏
トークセッション:サポーターと一歩踏み出す
写真右から
健康保険組合連合会 理事 秋山 実氏
全国健康保険協会 理事 川又 竹男氏
ミナケア 代表取締役社長/エムスリー チーフ・ヘルスケア・オフィサー 山本 雄士氏
山本 健康保険組合連合会(健保連)と全国健康保険協会(協会けんぽ)は、健康経営に取り組む企業の心強いサポーターだ。
秋山 健保組合は保険料から医療機関の請求に基づき医療費を支払うほか、組合員の健康づくりに資する保健事業を実施している。保健指導や行動変容支援など企業と一体となって予防・健康づくりに取り組んでいる。企業と保険者が連携し、互いの知見や保有データを生かすことで、より効果的な健康施策を実施できる基盤がある。
川又 中・小規模事業所が多く加入している協会けんぽは「健康宣言事業」を推進している。協会けんぽが事業所の健康度やリスクを可視化したカルテを作成し、事業主はそれに基づいて具体的目標を掲げた健康宣言を行う。両者が協働して従業員の健康維持・増進を図る。
秋山 健康経営は取り組みを外部に説明しやすく、スコアで自社の立ち位置を把握できると共に、健康経営銘柄などの評価は企業姿勢を端的に示せる。従業員の会社に対する信頼感・安心感も高めることに資する。
川又 残業時間の適切な管理やスポーツ活動への補助、心の健康診断の活用など、各社の健康施策は様々だ。中・小規模事業所はリソースが限られているため、商工会議所などが中心となり、商店街単位や複数企業が合同で取り組むのも一案だろう。
山本 従業員の健康だけでなく、家族の健康にまで配慮できれば、生産性やエンゲージメントはさらに高まる。採用に効くだけでなく、健康問題による退職なども防げる。医療費が削減できれば企業と個人の負担も減る。健康経営は始めるのに遅すぎることはない。
ケーススタディ:「健康経営度調査」を活用
写真右から:
アクシス 取締役 常務執行役員 管理本部長 小菅 直哉氏
社会福祉法人正仁会 事務長 矢矧 秀樹氏
大気社 管理本部人材開発部長 鎌田 哲夫氏
セイコーエプソン 人的資本・健康経営本部 健康経営推進部 課長 仁科 かおり氏
司会:キャスター 榎戸 教子氏
榎戸 健康経営を始めて今どんな段階にあるか、どのように会社が変わってきたか。
小菅 当社はシステム開発やIT(情報技術)コンサルティングの会社だ。2021年に健康企業宣言を行い、22年に健保連東京連合会から「銀の認定」を受けた。そこから健康経営優良法人認定に向けた活動を始め、24年に認定を受けた。認定の取得はゴールではない。健康経営を始めてから健康診断の結果を意識し、行動変容を促す取り組みを拡充している。経済産業省が関わる健康経営度調査は必要な施策のよいヒントになる。
矢矧 社会福祉法人として特別養護老人ホームやデイサービスなどを展開している。社会の高齢化に伴うマーケットの広がりや業務の多様化を背景に、人材確保が急務となっている。そうした中でひろしま企業健康宣言を行い22年に健康経営優良法人の中小規模法人部門、24年に大規模法人部門で認定を受けた。職員との毎月の面談で健康状態を把握し、人事考課に反映している。ワーク・エンゲイジメント調査や受診料の補助など、様々な施策を実施している。
鎌田 当社はビル空調や産業空調を中心に事業を展開している。建設業特有の課題(長時間労働)がある環境下でも、21年から4年連続で健康経営優良法人(ホワイト500)の認定を受けた。具体的な取り組みとして、健康診断の2次検査(初診)を就業時間として認める制度や、記名式調査でのメンタル不調者の早期受診支援などがある。会社の健康施策に共感する従業員が増え、健康習慣の定着やエンゲージメントの向上といったポジティブな効果が表れ始めている。
仁科 2001年、労働安全衛生基本方針の制定に併せて中期の健康管理施策を策定。15年から健康経営度調査への回答を始めた。調査は自社の立ち位置を知り、今後の施策検討の参考になる。現在は25年までの中期健康管理施策に基づいて、従業員一人ひとりの自律的な健康づくりと、チームでいきいきと働ける職場風土の醸成に取り組んでいる。健康経営により経営層とのコミュニケーションが増え、これまで以上に従業員の健康課題に関心を持ってもらえるようになった。従業員も経営層の思いを感じているようだ。
榎戸 健康経営は試行錯誤の連続だ。壁にぶつかったときは先輩企業や保険者などに頼ることも大切だと感じた。
2025年1月31日付 日本経済新聞朝刊 健康経営広告特集より転載。
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