【肥後保険企画株式会社】中小規模/保険業
・2022年から健康経営優良法人の認定を受けており、ブライト500にも2度選出。
・メンタルヘルス対策としてアクションラーニングやダイアローグなどの組織学習で職場のコミュニケーション活性化に取り組む。
・小規模ながらも、ウェルビーイング推進事務局や健康経営推進担当者、女性の活躍に向けた女性健康促進会を立ち上げるなど活動に合わせた柔軟な組織づくりを行う。
熊本市で保険代理店を営む肥後保険企画株式会社は、社長、取締役2名、従業員5名の計8名と小規模ながらも健康経営を積極的に推進。その活動をWebサイトでこまめに発信し、反響を得ている。現在の課題を解決していくだけではなく、事業の拡大や女性の活躍といった将来を見据えた施策にも力を入れている。その背景や具体的な実践方法、上手に進めていくためのポイントについて、健康経営担当者に話を聞いた。
・渡辺和子氏(以下、渡辺氏)/ウェルビーイング推進事務局 取締役
・伊藤めぐみ氏(以下、伊藤氏)/ウェルビーイング推進事務局 健康経営推進担当
きっかけは人材採用と定着への問題意識。健康経営への取り組みが求人票の差別化に
Q:健康経営に取り組むことになったきっかけは何だったのでしょうか。
伊藤氏:会社を設立してから2年程経った2019年頃、協会けんぽのヘルスター宣言や熊本県のSDGs登録制度を通じて「健康経営」という言葉を知ったそうです。当時、私はまだ在籍していなかったのですが、人材採用と定着が大きな課題だったため、戦略的に健康経営を推進し、従業員の心身の健康を第一に考えた職場環境を実現しようと動き出したのがきっかけです。
渡辺氏:当社は保険代理店ということで、扱っている保険商品の中で「治療と仕事の両立支援」や「メンタルヘルス対策」「24時間対応の健康相談窓口」のような健康経営優良法人の要件を満たすサービスが付帯しています。これらを活かせば申請においてクリアできる項目が結構あると考えて、取り組んでみようと思いました。
Q:お客様に提供する保険商品を、従業員にも提供していくということですね。
渡辺氏:はい、そうです。これにはメリットがあり、ハローワークで求人を出す際に加入する保険の保障内容をいくつも掲示できるようになったのです。そのため採用面において、現在も競合他社との差別化が図れるポイントとなっています。
Q:その後、健康経営優良法人に認定されるまでの道のりについても教えてください。
伊藤氏:2020年にヘルスター宣言を行い、まずは定期健康診断の徹底に取り組みました。その上で、2021年から健康経営優良法人の認定に向けた申請を開始し、申請のプロセスを通じて「やるべきこと・今後してみたいこと」が明確になってきました。そこで、私たちのような小規模企業であっても実践可能なことから取り組み始めました。
取り組みを本格化させるべく2022年に立ち上げたのが「ウェルビーイング推進事務局」です。私は健康経営推進担当者としてこの事務局に加わりました。普段は、社長と取締役の渡辺とともにコミュニケーションを重ねて施策を検討し、最終的に社長が何に取り組むか意思決定を行っています。外部の専門家やコンサルタントに頼るのではなく、私自身が健康経営アドバイザーの認定を取得。そこで学んだ法令遵守などの基礎知識をもとに自社に適した施策を企画しています。また、チーム内でアイデアを出し合い、コストを抑え、工夫を重ねながら無理なく実践できるさまざまな施策にトライしています。
認め合う・互いを知る施策を取り入れ、生産性向上にもつなげる
Q:メンタルヘルス対策について、具体的にどのような取り組みを行っていますか。
伊藤氏:現在、取り入れているのが主に「アクションラーニング」「チェックイン」「オフサイト形式のダイアローグ(オフサイトミーティング)」という組織学習の手法です。
2週間に1回実施しているのが「アクションラーニング」で、従業員の成長やメンタルケアに貢献しています。これは、一人ひとりが前回立てた目標に対して「誇りに思うこと・残念に思うこと・挑戦したいこと・助けてほしいこと」の4つの視点で語ります。参加者は賞賛したり、一緒に悩みについて考えたりしながら次回の目標を設定します。就業時間内に1時間程かけて行うのですが、信頼関係が深まり、周囲から認めてもらっていると実感できます。また、次回までに達成すべきことも明確になり、モチベーションの向上や生産性の向上につながっています。
「チェックイン」は毎日の朝礼で行っています。順番を決めずに、話す準備が整った人から「今日はこんな気分です」とか「昨日こんなことがありました」など自由に1〜2分話します。話し終わると周囲は軽く拍手を送ります。これはコミュニケーションの質を高める手法で、お互いの状況を知ることができ、朝から場が和むのを感じられます。
そして、年2回開催するのが「オフサイト形式のダイアローグ」です。「オフサイト(off-site)」ということで私たちは公民館で行っています。ルールは、社長が用意したテーマについて、役職や年次に関係なく自由に意見を交換するというものです。2025年1月には、「みんなに聞いてみたいことを聞く」というテーマで開催しました。
渡辺氏:その時は、私の今年の目標である「心に火をつける」について質問しました。それぞれが色々な意見を持っていて、従業員のバックボーンのような考え方を知ったり、マイブームを教えてもらったりできたんですね。これはただ”知る”ということだけではなくて、こうした機会があることで、この先に仮にネガティブな出来事が起きたとしても「この人はこういう考え方をするんだな、今私が感じていることとは違うな」と余裕を持って捉えられるようになると思っています。
Q:そのほか、取り組みによって得られた効果はございますか。
伊藤氏:当社にも残業時間が長いという課題がありました。そこで、業務効率化やワークライフバランスの実現に向けて専門家の力をお借りして、業務の棚卸しとタイムマネジメント法について学ぶ機会を設けました。効率的かつ公平な業務量の分担や、営業職が営業に関する業務に、より注力できるような環境の構築を進めました。
渡辺氏:この結果、営業職の残業時間を月平均35時間から18時間にまで減らすことに成功しました。事務職は9時から17時までの時短勤務で、残業ゼロを実現しています。
伊藤氏:今後、年齢層が高い従業員が加わる可能性も考えながら、自治体が提供する無料の健康セミナーを活用したり、ラジオ体操を取り入れたり、さらには「15時からのリフレッシュタイム(15分)」で休息を習慣づけたりなど日々の業務の中で無理なく取り組める施策を増やしてきました。この結果、従業員のヘルスリテラシーが向上し、「運動習慣がある」と答える割合が1年で2割から5割へ増加しました。出勤前にジョギングしたり、ジムに通ったりといった習慣が身についているようです。
Q:さまざまな施策に取り組むのに留まらず、情報発信に力を入れるようになった理由を聞かせてください。
伊藤氏:私が健康経営推進担当になって最初に社長に提案したのが、健康経営の専用Webページを設けることでした。これは、健康経営優良法人の認定における評価項目の一つでもあり、自社のホームページ内に設置するかたちで実現しました。
健康経営に関する日々の取り組みについて発信を続けていくなかで、ブライト500に選ばれ、熊本県からも表彰されるなど、多くの方に注目していただけるようになりました。こうした成果は、従業員一人ひとりの協力があってこそだと感じています。そのため、この健康経営のページを通じて、従業員に日々の積み重ねとその成果を実感してもらえたらと思っています。また、日頃から直接従業員に感謝の気持ちを伝えるようにしています。
実際に、健康経営の取り組みによってプラスの影響が出ていることを社内に周知できたからこそ、従業員が健康経営に、より積極的に取り組むようになっているのだと感じます。社内への発信に留まらず、他の企業や団体にも「小規模でも健康経営に取り組めば、成果を出せる」ということを伝えていきたいです。
Q:採用活動にも良い影響を与えているようですね。
伊藤氏:そうですね。面接を受けに来た方は全員閲覧されていますし、取り組みへの評価が高い状況です。
事業拡大・人員増加を見据えた職場体制の構築を目指して
Q:今後、取り組んでいきたいことについて教えてください。
伊藤氏:事業拡大に伴い、これから人員増加を見込んでいます。そのような背景から、女性がより活躍できる職場環境づくりを推し進めていきたいと考えています。設立8年の若い会社のため、育児や出産、介護や病気療養といった女性特有のライフイベントに直面した経験がまだありません。そこで、さまざまな事例を参考にして「女性健康促進会」を立ち上げました。この会では、女性同士で不安などを気軽に話せる雰囲気づくりから始め、セミナーを開催したり、社長と情報共有をしたりと取り組みの幅を広げていく予定です。
少人数だからこそ「休むのが申し訳ない」「長期休暇を取ったら、この仕事はどうなってしまうのだろう」と後ろめたい気持ちになってしまう傾向があります。しかし社長の「ずっと楽しんで、健康で働いていけるような環境をさらに拡充していく」という思いとともに、女性がさらに安心して働ける職場づくりにチャレンジしていきたいと考えています。
渡辺氏:実際に2024年には新たに2名の女性従業員を採用しました。有給休暇をしっかりと取得できる、かつ安心して休める体制が整うように取り組んでいる最中です。
小規模事業者でも健康経営に取り組むことは可能。失敗を恐れずまずはスモールスタートで
Q:最後に、健康経営へ一歩踏み出そうと考えている中小規模法人の方々に向けてメッセージをお願いします。
伊藤氏:まずは、自社でできることから始めてみるのがおすすめです。小規模事業者では、1人の従業員が多くの業務を兼任し、人手不足の問題もあり、健康経営まで手が回らないというケースも少なくないと思います。しかし、工夫次第で自社に合った代替案が浮かんできます。最初から全部完璧に行おうとせずに、試してみて失敗したら「どうすれば良くなるかな」と考えるというように、一つひとつ進めていくことが大事です。
また、迷った時は他社の事例を見て、自分流にアレンジすることも大切ですね。健康経営のトレンドを素早くキャッチして施策を実行できるように、お互いが情報発信していけるようになるのが理想の姿です。私たちも情報発信していくことが地域貢献につながると信じています。
健康経営は、従業員の健康を維持することで業績向上を目指せるだけでなく、人材不足や女性が活躍しづらいといった社会課題の解決にもつながる取り組みです。小規模な企業であっても今後は重要視しなければならない分野なので、ぜひ一緒に働きかけていけたらと思います。
渡辺氏:最近は、他社に対して健康経営に関するコンサルティングを行う機会が増えています。そのなかで感じる最も大きな課題は、経営層があまり健康経営に関与していないことです。健康経営は、社長をはじめとする経営層がトップダウンで推進しなければ、担当者レベルだけで進めるのは難しいものです。
健康経営優良法人の認定要件を「ハードルが高い」と捉えている方も多いですが、「今御社が取り組んでいる⚪︎⚪︎が、この要件に当てはまるのではないでしょうか」と具体的にアドバイスすると、納得されるケースが多くあります。健康経営に対して難しく考えすぎてしまっている企業の方々もいらっしゃると思います。そうした固定観念を取り払えば壁を突破でき、健康経営を実現できるのではないかと思います。