健康経営に関わる専門職の視点から、健康経営のメリットや効果を多面的にひも解くインタビューシリーズです。
社会保険労務士は、主に人事労務領域で健康経営をサポートする専門職です。今回は社会保険労務士の稲田耕平氏に、成果につながる健康経営のポイントを伺いました。
プロフィール
稲田 耕平
稲田社労士事務所 特定社会保険労務士
30年以上にわたってさまざまな企業の顧問社労士を務めた経験を生かし、近年は中小企業への健康経営の普及に注力。年間100回以上のセミナーに登壇しているほか、健康経営アドバイザー・エキスパートアドバイザー共通テキストの執筆者も務める。
法令遵守と組織活性化の仕組みづくりをサポートする仕事
ーー社会保険労務士とはどのようなお仕事なのでしょうか?
労働・社会保険分野を専門とする国家資格者です。健康保険や厚生年金などの社会保険手続きに加え、就業規則や社内制度の整備、労務管理に関する相談対応を通じて、企業が安心して人を雇用し、従業員が安心して働ける職場づくりを支援しています。
ーー社会保険労務士として、どのような立場で健康経営に関わっていらっしゃいますか?
健康経営を単なる健康施策ではなく「人を大切にする経営」であると捉え、人事労務管理の視点から、それぞれの企業が実態に合わせて無理なく健康経営を続けられるような仕組みづくりをサポートしています。また、産業医や保健師など他の専門職と企業をつなぐ橋渡し役でもあります。
ーー具体的な支援内容を教えてください。
第一に、健康経営の土台である法令遵守の状況をチェックし、改善を支援します。長時間労働対策やメンタルヘルス対策、安全配慮義務など、従業員が安心して働ける環境を整える「守り」の健康経営のサポートですね。その上で、従業員の働きがいや、ひいては企業の成長につながる「攻め」の健康経営の実践も支援します。例えば、人材定着の促進や採用力のアップ、コミュニケーションによる組織活性化、生産性向上などにつながる施策が挙げられます。
流れとしては、まず健康経営に対する経営者の理念を改めて確認した上で、職業倫理、守秘義務、個人情報保護に十分配慮しながら社内データやヒアリングをもとに課題を整理。そして施策の優先順位をつけながら実行を支援し、取り組みの継続に向けたフォローまで行います。
ーー費用をあまりかけず、かつ効果的な健康経営の取り組みを行う工夫はありますか?
従来の取り組みを掘り起こして、健康経営の文脈で広げる方法がおすすめです。例えば、毎日の朝礼で健康情報を提供するようにしたり、朝のラジオ体操に加えて午後のストレッチも取り入れてみたり、さらに運動の効果について従業員にヒアリングするようにしたり、といった方法が考えられます。
費用をかけると成果を焦ってしまいがちです。特に中小企業は背伸びをせず、小さな成功体験を積み重ねる「スモールチェンジ」を目指してみてください。
ーー健康経営に取り組むにあたって、だれを巻き込むと進みやすいと考えますか?
経営者、管理職、従業員をそれぞれうまく巻き込む仕組みを作ると「やらされる健康経営」ではなく、「みんなで作る健康経営」になりやすいです。
まずは経営者の継続的なコミットメントが欠かせません。全社会議などの場を活用し、定期的にトップダウンでメッセージを発信しましょう。現場のリーダーである管理職は、従業員が相談しやすい環境づくりを担います。日々の声かけに加え、1on1ミーティングなどを実施してもよいでしょう。さらに、衛生委員会や労働組合などを通じて、従業員の声をボトムアップで健康経営に反映させていきます。このように全社を巻き込んで健康経営を推進するにあたっては、経営者や担当者が「健康経営アドバイザー」の認定取得を目指すのもおすすめです。健康経営の基本を学び、社内で共通言語を持つことができます。
併せて、社会保険労務士はもちろん、産業医や地域産業保健センター、医療保険者(健康保険組合、協会けんぽ)、中小企業診断士など外部の専門家も巻き込むと、より効果を得やすくなります。
ーー健康経営の効果として現場が感じられる「変化」や「手応え」にはどのようなものがありますか?
まず、従業員同士のコミュニケーションが活性化するなど、職場の空気が着実に変化するのを肌で感じられるはずです。従業員が一人で問題を抱え込まない職場風土が醸成されると、メンタルヘルス不調の早期相談や長時間労働の減少につながり、健康問題や労使トラブルを未然に防げるようになります。さらに、従業員のエンゲージメントが向上して離職率が低下したり、職場のイメージが改善して採用力が向上したりする効果も期待できます。
ーー健康経営に取り組む企業へアドバイスをお願いします。
健康経営は、人を大切にする経営そのものであり、人的資本経営の土台となる企業の未来づくりです。健康経営優良法人認定を取得したらそれで終わり、ではありません。将来にわたって健康経営を継続するためのマイルストーンとして、ぜひ認定制度を活用してほしいと思います。
まとめ
社会保険労務士の立場から見て、健康経営はメンタルヘルス不調や長時間労働を未然に防ぐ「守り」の取り組みであると同時に、人材定着、採用力向上、組織活性化につながる「攻め」の経営戦略でもあると考えられています。継続こそが重要で、無理に予算をかける必要はありません。まずは法令遵守を徹底し、自社の既存の取り組みを生かすところから始めてみましょう。