積水化学工業株式会社では、「健康推進室」を設け、グループ全従業員の健康増進に取り組んできた。今回は、健康経営の立上げから維持継続について、健康経営推進のヒント・社内への浸透のポイントを伺った。同社は、2017年以降、「ホワイト500」に5年連続で認定され、「健康経営銘柄」にも2年連続で選定されている。
健康経営を推進する積水化学グループの組織作り
Q:健康経営の推進を始めたきっかけを教えてください。
積水化学工業には従来「従業員は社会からお預かりした貴重な財産である」という風土がありました。
その中でも特に「従業員の健康」にフォーカスしていくことになったのは、社内で職場のメンタルヘルス問題を改善する必要が高まっていたからです。社会的状況においてもそのような機運があったこともひとつの要因だと思います。
そこで弊社は2011年に健康管理方針を策定し、従業員個人に対してカウンセリングを行うセキスイサポートセンターを設立しました。
こころの健康に取り組んでいるなかで、こころとからだの両面から取り組む必要があるということになり、2017年に従業員の心身両面の健康の維持増進のため、健康推進室を設立しました。医師や保健師などの医療従事者も加わり専門的な視点を取り入れた取り組みを行っています。
Q:健康経営を進める上でチーム・組織に必要なポイントは?
やってみたいことに挑戦できる弊社の自由な社風のお陰で、健康推進室の設立が実現しました。ただし、実際に施策を推進していくには、社内に健康経営の概念や重要性を浸透させる必要がありました。まずは自分たちからということで、健康推進室の設立直後はチームビルディングを行いチーム内で健康経営のビジョンやミッションをメンバーで共有しました。それにより何から着手していけばよいかが明確になったので、データ分析による見える化を行い、社内の多くの人に大切な取り組みだと思ってもらえるような施策から始め、少しずつ周囲の協力を得ながら進めていきました。
Q:どのようにして健康経営を社内に浸透させたのですか?
全国21か所にて積水化学グループの健康管理責任者・担当者に説明会を行い、当社グループにおいて健康経営の取り組みを本格的に実施していくこと、どのような取り組みを実施するかについて説明しました。
ほとんどの事業所では、多忙な中、人事・総務・安全担当者が健康管理責任者や担当者を兼務しています。そのような状況の中で、従業員の健康に関する課題を感じている方が一定数いました。
まずは協力的な責任者のいる事業所をモデル事業所として成功事例を作り、全社に展開していくという地道な方法で浸透させていきました。
人事部厚生・健康支援グループ 健康推進室長兼統括保健師 荒木郁乃氏(保健師・看護師・公認心理師)
社内の理解・意識変化、そして全事業所への取り組みへ
Q:健康経営を始めた当初、社内の反応はいかがでしたか?また、意識変容につながったのはどんなことでしたか?
当初の社内は、健康経営に関して理解を示す人ばかりではありませんでした。キーパーソンを動かすためには、企業価値を上げるなどの目に見える成果が必要でした。
そのような中、2017年に健康経営優良法人の大規模法人部門である「ホワイト500」にグループ会社5社と一緒に初めて認定され、他企業や団体より評価していただけました。
社会の健康経営への関心の高まりを実感したことで、社内の健康経営に対する意識が変化したと感じます。また、2019年には社長による健康宣言と健康経営基本方針が出されたことで、さらに変化していきました。
その後、企業価値向上の一環として、健康経営に取り組む上場企業の中でも特に優れた取り組みを実践する企業であることを示す経済産業省の「健康経営銘柄2021」を目指すという具体的な目標を設定し、2020年度に無事「健康経営銘柄2021」に初選定されました。
具体的な目標を設定したことでやるべきことがより明確になり、健康経営の取り組みがさらに加速したと感じています。
Q:全国の事業所の抱える課題について、どのように把握されていますか?
当社グループでは、1年に1回各事業所を対象に「健康管理実態把握調査」を10年以上にわたって実施しています。この調査結果により課題を把握しています。また当室でデータ分析をした結果、たとえば、健康診断結果で基準値を大きく超えているハイリスク者が一定数いることなどがわかることもあり、データ分析も課題の把握に役立っています。
当社グループでは、50人未満の事業所も含めてグループ全社でストレスチェックを実施していますので、ストレスチェックの集団分析を実施することも課題の把握につながると考え、集団分析に力を入れています。
集団分析は健康推進室で大枠の結果を出して各事業所にフィードバックしています。部署ごとなどの細かい単位での集団分析は各事業所で実施できるよう、集団分析の正しい読み方についてのワークショップを実施しています。さらに集団分析だけで終わらずに職場環境改善につながるよう、いきいき職場づくりワークショップの開催や、健康推進室と共同でおこなう職場環境改善を実施しています。
集団分析の精度向上のため、受検率90%以上を目標としています。各事業所では受検率を向上するための様々な取り組みをしています。
プレゼンティーイズムへの着眼
Q:「プレゼンティーイズム※1」に着眼されたきっかけを教えてください。
(※1)プレゼンティーイズム:従業員が健康問題を抱えたまま業務を行っている状態
弊社では、健康経営は経営課題解決のために推進するという考えで進めています。そのため健康経営の取り組みが生産性向上に寄与する必要があると考えています。そこで、プレゼンティーイズムに着目しました。
プレゼンティーイズムやアブセンティーイズム(※2)により労働生産性が低下すると、コストが増大するなど、企業にとって大きな損失を生んでしまいます。
(※2)アブセンティーイズム:健康問題による従業員の欠勤
プレゼンティーイズムは本人にも気づきにくく、周りからも見えにくいものです。そこで、社内にプレゼンティーイズムの概念を浸透させるためにeラーニングでの研修を継続的に行なっています。
Q:社内に起こった変化としてどのようなものがありましたか?
2020年4月に政府より初めての緊急事態宣言が出され、環境整備などが十分ではない中で在宅勤務をせざるを得ない状況となりました。この時、仕事をする上で適切でない環境で働くと心身ともに不調をきたしやすくなることや、パフォーマンスが上がらないということを、多くの従業員が身をもって感じることになったように思います。
それ以降、プレゼンティーイズムが弊社グループに浸透しはじめたように感じています。会社としても、DXを活用して業務の生産性を向上したり、ノートパソコン、スマートフォンなど在宅勤務に必要な備品を支給したりするなど、サポートを積極的に行いました。
「ハイリスク職場」への取り組み
Q:「ハイリスク職場」とはどのような職場ですか?また、どのようにして抽出しましたか?
ストレスチェックの集団分析の結果から、グループ全体の40人程度以上のすべての事業所や部門のうち、総合健康リスクが120以上の事業所や部門を「ハイリスク職場」と呼んでいます。ハイリスク職場に対しては、事業所を管轄するカンパニー部門との連携や事業所の状況を踏まえて、職場環境改善の働きかけや改善活動のサポートを行っています。
Q:「ハイリスク職場」の課題はどんな点でしたか?
生産部門の、あるハイリスク職場で従業員アンケートを行ったところ、暑さや腰痛など生産現場特有の職場環境に対する改善要望が上位に挙がりました。実際に職場を確認したところ、熱中症や筋骨格系障害といった労働衛生のいわゆる「リスク」として対策の優先順位が高いものだけでなく、例えば熱中症リスクとしては大きくないものの負担感や疲労感が高い、作業者同士のコミュニケーションが取りにくいなどこれまでの労働衛生リスク対策の観点だけでは見えにくい、改善が図りにくいことが課題として挙げられました。
Q:「ハイリスク職場」への取り組みの結果、どのような点が改善されましたか?
事業所長が職場環境改善の強化を図ることを表明することで事業所の職場環境改善への認識を高め、管理職層が主体となって作業者の声を踏まえつつ必要な対策を検討しました。設備投資も行われ、改善策の進捗状況は安全衛生委員会で作業者と共有するなど、対策をただ行うだけでなく、取り組みに対する作業者へのフィードバック、作業者からのフィードバックなどコミュニケーションの強化も図りました。その結果、事後アンケートでは、改善要望の多かった項目に対する満足度が大きく改善するだけでなく、「経営層や管理職が職場環境に関心を寄せている」が大幅に向上するなど、作業環境とともにコミュニケーションの改善にもつながりました。
Q:その他、健康経営の取り組みに対する従業員の反応にはどのようなものがありましたか?
健康増進啓発のための取り組みに対して、従業員から多くの反響が寄せられました。以下に一部抜粋して紹介します。
「女性の健康eラーニングが女性だけでなく全従業員へ発信されたことで、女性社員への理解につながると感じました。」
「現役の医師から健康セミナーでお話を聞けるのは大変貴重で意義深いです。」
「健康アプリのランキングを見て、自分がいかに運動不足かを知りました。在宅勤務により脚が弱っていましたが、身体を動かすと自分に変化があることを体感できました。」
「定期的にメンタルヘルス研修があるので、若手社員も自分の状況に気づき、相談してくれると思います。」
「管理者向けメンタルヘルス研修の資料の内容が良いので、大切に取ってあります。もしこの研修がなかったら、自分の経験や想像のみに基づいた行動をしていたと思います。」
プロの分析・科学的な効果検証を未来へ
Q:健康経営に関する施策として、次にどんな取り組みを予定していますか?
健康に関する施策の効果測定についてさらに精度を高めるために、労働経済学の専門家とチームを組み、アンケートや健康診断などグループの保有する各種データの分析方法や効果的な施策の在り方に関して検討を行っています。
例えば、会社で行ったウォーキングイベントの効果について、RCT(無作為化試験)※4などの統計手法を駆使し分析しようとしているところです。アンケートの結果データを分析するだけでは、因果関係という形で施策の効果を明らかにすることが難しいとされており、RCTを行うことが望ましいとされています。ただ、企業の中でRCTを実施することは様々な障害があり簡単ではありません。そこで専門家の力を借りながら企業の中でも実施できるRCTの手法を用いることによって、施策と結果の因果関係を明らかにできるか挑戦しているところです。
今後は、健康に関するデータについてより科学的な効果検証を行うことで、プレゼンティーイズムの改善と企業の生産性の向上につなげ、健康経営をさらに推進していきたいと考えています。
(※4)RCT(無作為化試験):研究の対象者を無作為に2つの集団に分け、運動や投薬などの効果を検証する分析方法