「5th Well Aging Society Summit Asia-Japan(WASS)」は、世界共通のテーマである高齢化問題に対応するため、産業界・医療界の関係者が連携、新たなヘルスケア産業の創出等を通じた課題解決を推進し国際的な情報連携を行うことを目的に開催された国際イベント。ここでは、パネルセッション③「人的資本形成を踏まえた健康経営の国際的な推進」において、経済協力開発機構(OECD)雇用労働社会問題局次長であるマーク・ピアソン氏が発言した内容をまとめています。
▶パネルセッション「人的資本形成を踏まえた健康経営の国際的な推進」アーカイブ
労働者の健康と福祉は、生産性向上の基盤
労働生産性を高める上で、従業員の健康を増進することは非常に重要です。企業は、単に職業上の危険から従業員を保護するだけではなく、肥満や喫煙、アルコール依存やストレスの予防も含め、従業員の健康について全体的に介入すべきです。
しかし、なぜ雇用主は従業員の健康について考えるべきなのでしょうか?以下にその理由を示します。
OECD諸国で行った2021年の調査では、正社員の42%が「ストレスを感じている」と回答しました。高いストレスは、メンタルヘルス疾患や心血管疾患、筋骨格障害を引き起こすリスク因子となります。
NCD(※1)を持つ人は、有職率が低く、仕事の生産性も低くなることが分かっています。例えば、精神的苦痛を持つ労働者は、そうでない労働者と比べて欠勤の可能性が56%高いと言われています。また、米国の喫煙者の欠勤の可能性も非喫煙者より28%高くなっています。さらに、肥満女性は健康的な体重の女性よりも欠勤の可能性が68%高くなります。(※1)NCD:糖尿病・メンタルヘルス疾患・心血管疾患など、不健康な食生活や運動不足、喫煙などにより引き起こされる慢性疾患を総称したもの。WHOが定義している。
健康問題による生産性の低下を「プレゼンティーイズム」と言いますが、NCD関連のプレゼンティーズムによる生産性損失は、欠勤による損失の 2~3 倍に上るとの分析もあります。
この生産性低下により失われる労働力は、OECD・EU・G20に加盟する52カ国全体で、フルタイム従業員5,400万人分です。これはメキシコの労働者数に匹敵します。
従業員向けの健康増進プログラムを実施する企業が増えている
このような問題に対応するため、世界各国の企業が様々な対策を講じています。下の図には、OECDが2020 Workforce Disclosure Initiativeのデータをもとに分析した結果を示しています。
調査対象企業の68%は「メンタルヘルスに関するプログラムを提供している」と回答しました。メンタルヘルス問題による社会的リスクを引き下げようとしている企業が多いことが分かります。また、従業員の栄養に対する意識を高めるプログラムを実施する企業も増えています。しかし残念ながら、このような健康増進プログラムを用意しているのは、大企業がほとんどであるのが現状です。
企業が職場の健康増進に投資すると、4倍のリターンが得られる
企業が従業員の健康を推進することで、職業上のリスクを予防できるだけでなく、医療費削減、病欠者の減少、生産性向上を実現できます。
例えば、OECDに加盟する30カ国の企業が、従業員の座りっぱなしの姿勢を改善する運動プログラムを取り入れた場合、年間3万7,000人分の労働力を増加できます。医療費削減等の効果も考慮すれば、1ドルの投資につき4ドルものリターンが得られることになります。
投資家からの評価を得られる
企業が健康増進プログラムに投資を続ける理由の一つは、株式への評価にしっかりとつながることです。ESG投資(※2)が増えたことで、さらにその可能性は高まっています。
(※2)ESG投資:財務情報に加え、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の要素を考慮した投資。
スタンダード&プアーズ500銘柄の米国企業において、健康増進プログラムを実施する企業の株式価値は、そうでない企業に比べて最大3倍も上昇しました。
しかしほとんどの国では、健康増進の効果的な取り組みを行う企業と、そうではない企業を区別できていません。今後、企業の健康施策に関する情報開示が必要です。
政府の介入が重要
従業員が健康になれば生産性が上がり、生産性が上がると賃金が上がり、利益が上がります。そのため、税収の増加にもつながります。国全体にも恩恵がもたらされるため、政府は企業の健康施策をサポートしていく必要があります。
高齢化社会において、人々の健康はとても重要です。より多くの健康を作るためには、医療が介入する前の段階で予防を行うことが必要です。人々に健康的な行動を取ってもらうために、政府としてできることはたくさんあります。
政府にできる支援の例として、労働・職場に関する法整備や、助成金・税額控除などのインセンティブ導入などがあります。特に中小企業にとって、助成金などの支援は重要です。
また、企業の健康への取り組みに関して情報を開示させるための法整備を行ったり、情報開示を支援するような政策を行ったりすることで、ESG投資の促進につながります。企業が投資という報酬を得ることで、さらなる健康施策を行うようになる好循環が生まれます。
日本の「健康経営」は世界の参考になる
日本における、企業の表彰システム整備や健康経営度の評価基準の設定、評価データの開示など、先進的な取り組みは大変素晴らしく思います。官民が連携して職場の健康を支援できることを、日本が示したわけです。日本の「健康経営」モデルの学びが他国にも広がり、戦略的に「健康経営」に取り組む企業が社会的な評価を受けられる仕組みが世界にも広がると良いと思います。
マーク・ピアソン氏が紹介した調査はこちら
OECD Health Policy Studies ”Promoting Health and Well-being at Work”
パネルセッションでの各登壇者コメント(抜粋)
◆マーク ピアソン 氏/経済協力開発機構(OECD)雇用労働社会問題局次長 職場での健康プログラムにより、年間3万7千人のフルタイム労働者の増加に相当する雇用・生産性の改善につながる。これは1ドルの投資で4ドルのリターンということ。企業が何をやっているのか開示していくことが重要であり、指標を合わせることができれば、投資家にとっての判断材料になる。
◆稲垣 精二 氏/第一生命ホールディングス株式会社 代表取締役社長 今はVUCAの時代であり、従業員はポジティブでレジリエントであることが必要。また、従業員だけでなく、顧客、社会の健康経営を支えることが私たちのミッションと捉えている。従業員の健康を企業価値として捉える機運が高まっており、第一生命では国内株式の運用ポートフォリオを構成する際のスクリーニングとして、「健康経営銘柄」を重要なESG要素として組み込んでいる。
◆小木曽 麻里 氏/株式会社SDGインパクトジャパン 代表取締役Co-CEO 「ダイバーシティ」も5年前はあまりフォーカスされていなかった。企業価値と関連することを示すエビデンスが増えてきたことで、今は注目される指標になっている。同様に「健康」も、今後注目される指標になっていくだろう。
◆ローラン シェアー 氏/OECD経済産業諮問委員会(BIAC)ヘルスケア委員会 副議長(ペルノ・リカール グローバル・パブリック・アフェアーズ・アンド・アルコール・イン・ソサイエティー ヴァイス・プレジデント) 公共セクターと民間セクターが協力して、効果的・効率的に国民の健康とウェルビーイングを促進することが重要である。日本の「健康経営顕彰制度」はその好例。