企業と従業員が同じ方向目指す
大企業を中心に健康経営の実践が広がり、定着しつつある。数年間の取り組みにより、人材採用面での競争力強化や生産性向上などに手応えを感じる企業も増えてきた。今年度の「健康経営優良法人2025」の申請受け付け開始を前に、「健康経営を社会の常識に」と語る経済産業省の藤岡雅美氏と産業医科大学の永田智久氏が対談。企業と従業員が同じ方向を目指すことが成果につながると示唆している。
市民権得て定着 一層の普及促す
藤岡 大企業から始まった健康経営の取り組みは、健康経営優良法人認定制度などにより中小企業にも広がりつつあります。福利厚生費などは景気が悪くなると削られがちですが、健康経営の実践は経済情勢に拘わらず増え続けています。一定の市民権を得て定着してきた証しだと受け止めています。
永田 中小企業における健康経営優良法人認定の申請件数は右肩上がりで、着実に認識は広がっていると思います。しかし中小企業の総数から見れば、認定を取得した企業はごく僅かに過ぎません。
藤岡 健康経営を日本全体に普及させるには、新たに取り組みを始める企業の掘り起こしが不可欠です。周知活動にもさらに力を入れたいと思います。
永田 私が携わった研究では、認定を取得した中小企業の約33%が人材採用面で競争力が高まったと感じています。金融機関からの融資につながった例も約8%ありました。経営課題の解決に資する健康経営の効果は、取り組みを始める十分な動機になるでしょう。
藤岡 人手不足が続くと見込まれる中、採用力の強化やリテンション(つなぎ留め)などが期待できる健康経営は、中小企業にこそ必要な取り組みだと思います。
永田 まだ中小企業の認定取得が少ない今だからこそ、認定を取得するだけでも大きなインパクトが期待できます。以前から健康の取り組みを続けており、申請すれば認定を取得できるような中小企業もありますので、積極的に申請してほしいと思います。
本気度と継続性 成果得る鍵
永田 健康経営がうまくいっている企業には共通点があります。経営会議で健康経営が議論される点や、管理職に対する健康経営の教育が行き届いている点などです。喫煙率や受診率の改善には、産業医などの専門職の配置が有効であることが分かっています。
藤岡 そのように組織的に取り組むには、健康経営は経営戦略に基づく投資であるとの認識が欠かせません。自社の課題を見極めて実践内容を検討し、できるところから始めることが大切です。従業員の男女比や年齢構成などによってもアプローチ方法は変わるでしょう。
永田 すでにあるものを生かす視点も重要だと思います。例えば一定規模以上の会社には「衛生委員会」の設置が義務付けられています。その場で健康経営について話し合うだけでも大きな一歩になるでしょう。健康経営優良法人認定制度の評価結果(フィードバックシート)を活用するのも有効です。
藤岡 同感です。健康経営優良法人の認定申請に必要な健康経営度調査は、自社の課題を分析し、次のステップが分かるように調査票を工夫しています。調査票に対するフィードバックシートは、他社と比較しながら自社の強みや弱みを確認できます。取り組みの参考にしてほしいと思います。
永田 健康経営では、従業員をどのように活動に巻き込むか悩む経営者が少なくありません。健康プログラムなどへの従業員の参加率が良い企業には、従業員に知覚された組織的支援(POS)指標が高い傾向が見られます。POSが高いほど、従業員が「会社は自分のことを大切にしてくれている」と感じていることを意味します。
藤岡 「あなたのことを気にかけています」というメッセージがどれだけ伝わっているかが分かるPOSは、健康経営にとどまらず人事マネジメントの基本的な指標だと思います。大切にされているという感覚が、個人の行動を変えていきます。健康を鍵として従業員とのコミュニケーションを深めていくことが健康経営の本質、王道でしょう。
永田 POSを高める要因はいくつかありますが、中でも上司の支援がものをいいます。上司の支援はメンタルヘルスにおいても重要で、出社しているものの業務効率が落ちている状態(プレゼンティーイズム)の改善などに欠かせません。上司が従業員をしっかり支援できるようにするには、経営者が一貫したメッセージを伝え続けることが大切です。方針がぶれてしまうと、肝心の上司のPOSが低下してしまいます。経営者の本気度と取り組みの継続性が、健康経営の実践を成果につなげる鍵です。
周囲巻き込み 取り組み広げて
藤岡 健康経営の広がりとともに、ヘルスケアなど関連する様々なサービスが生まれています。企業や保険者がこれらを適切に利用できる環境を整えることも課題です。
永田 日本社会として医療費の抑制につながる「予防」への投資は重要です。ヘルスケア産業などのマーケットが拡大し、健康経営がさらに活発になることを期待します。
藤岡 健康経営は企業と従業員が対立構造にならず、同じ方向を向いて取り組めるユニークな活動です。健康を軸に個人と組織がより良い関係を築いてほしいと思います。
永田 誰もが共有しやすい健康という価値を鍵にすることで、望ましい企業風土・文化の醸成につなげることもできるでしょう。すでに健康経営優良法人の認定を取得している企業には、もっと周囲を巻き込んでほしいと思います。関係会社やグループ企業、海外の事業所、取引先、地域などと健康経営を広げていく。従業員にも経営者の本気度が伝わり、POSの向上につながるでしょう。
藤岡 国際的な公衆衛生の領域では、健康は様々な環境の変化に適応し、自ら管理する能力であるなどと定義されています。健康経営も単に従業員の健康保持・増進が目的ではなく、それにより生産性やパフォーマンスを改善し、収益性を高めることが重要です。健康の多面的価値を発信しながら、健康経営が社会の常識となるように努めたいと思います。
2024年8月9日付 日本経済新聞朝刊 健康経営広告特集より転載。記事・写真・イラスト等すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます。
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